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徳島地方裁判所 昭和58年(ワ)92号 判決

原告

采キミ子

被告

佐々木昭

主文

一  被告は原告に対し、金一四一二万八八一五円及びうち金一二八二万八八一五円に対する昭和五六年二月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求は棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の二を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告に生じた費用を被告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三〇三一万四八五八円及びうち金二七八一万四八五八円に対する昭和五六年二月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の状況

(一) 日時 昭和五六年二月二六日午前八時五分ころ

(二) 場所 徳島市名東町三丁目四六三番地先路上

(三) 加害者 被告 佐々木昭

(四) 被害者 原告采キミ子(昭和一六年一一月五日生)

(五) 加害車両 普通乗用自動車(徳五五や三五七九)

(六) 態様 被告は、前記日時場所において、加害車両を運転して進行中進路右前方に自転車を押して歩行してくる原告を認め制動したところ、凍結していた路面にハンドル操作の自由を奪われ、加害車両を右前方に滑走させて同車右前部を原告の押していた自転車に衝突させ、その衝撃により原告を道路外の用水路に転落させた。

2  被告の責任原因

本件事故当時、前日からの積雪により路面が凍結していたのであるから、加害車両を運転中の被告は、徐行するのはもちろん、急制動等の措置は厳に慎むべき注意義務があるのに、これを怠り、慢然時速約一五キロメートルで進行したばかりか、被害者を進路右前方の道路端に認めた際不用意に制動した過失により、自車をスリツプさせて右前方に滑走させ、その結果、自車前部を原告の押していた自転車に衝突させ、もつて原告を用水路に転落させ負傷させた。従つて、被告は原告に対し、民法七〇九条により、損害賠償義務を負うものである。

3  原告の負傷及び治療の状況

原告は、本件事故により、腰椎圧迫骨折及び臀部打撲の傷害を負い、事故当日から昭和五六年一一月二二日まで、徳島市庄町四丁目六番地松永病院において入院治療を、翌二三日から昭和五七年三月二五日まで、同病院において通院治療(実通院日数九九日)を受け、同日症状固定と診断されたが、腰痛等の神経障害及び腰椎運動障害等の後遺障害が残つた。

4  原告の損害

(一) 治療費 金四〇三万六八〇〇円

ただし、前記松永病院における入通院治療費

(二) 付添看護料 金三一万四三四六円

ただし、入院当日から昭和五六年四月一三日までの計四八日間、付添看護をした家政婦に支払つた費用

(三) 入院雑費 金一八万九〇〇〇円

ただし、一日当り七〇〇円で二七〇日分

(四) 治療期間中の休業損害 金二二〇万三八一四円

原告は、工員として稼動するかたわら、未成年の長男を養育し家事に従事する一家の主婦であり、勤務先における昭和五五年度の給与年額は金一四四万九、七一二円であるが、これに家事労働分を加算すれば、原告の年間収入金額は金二〇四万六八〇〇円(昭和五六年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・三五歳から三九歳)と認めるべきであるので、右年収金額を三六五(年日数)で除し、三九三(入通院日数)を乗じた金額金二二〇万三八一四円が原告の治療期間中における休業損害額である。

(五) 治療期間中の慰謝料 金二五〇万円

原告は、本件事故により、二七〇日の入院治療及び一二三日の通院治療を余儀なくされたばかりか、その間腰痛に悩まされ続けていたこと、特に入院当初の四八日間は起居不能で常時付添看護を要したほどの重傷であつたこと、入院期間中高等学校に通う長男を一人家庭に放置せざるを得なかつたこと及び本件事故の態様等を考慮すれば、治療期間中における慰謝料は金二五〇万円が相当である。

(六) 後遺障害による逸失利益 金二三〇四万四八一四円

本件事故により、原告には、腰痛、膝蓋腱及びアキレス腱反射異常、左右下肢周囲径異常の神経障害等のほか、腰椎運動障害が残り、これらはいずれも回復の見込みは全くなく、腰部には恒久的にコルセツトを装着しなければならず、そのため、原告の労働能力は著しく阻害されるに至つている。

自動車損害賠償保障法による保険金給付の関係では、神経障害等は無視され、腰椎運動障害のみをとらえて、同法施行令第二条に定める後遺障害別等級表第八級二号(脊柱に運動障害を残すもの)に該当すると認定されているが、腰椎運動障害のみをとつても、腰椎骨折部に突出変形を生じ、正常人の半分以下の運動機能しかないのであるから、同法第六級五号(脊柱に著しい奇形又は運動障害を残すもの)に該当すると認められる。

かりに、右運動障害のみでは同法第六級に該当すると認められないとしても、腰痛、腱反射異常という回復見込みのない神経障害(この障害のみをとつても同表第七級四号の「神経系統の機能障害」に該当する)等の後遺障害をあわせ考慮すれば、原告の後遺障害は同表第六級に相当する程度に達するものと認められるので、原告は、後遺障害症状固定時の満四〇歳の時点から、就労可能年限満六七歳までの二七年間にわたり、その収入の少なくとも六七パーセントを喪失したものである。

従つて、原告の年間収入金額は前記のとおり金二〇四万六八〇〇円であるから、これをもとに新ホフマン式計算方法により年利率五パーセントの中間利息を控除した金額金二三〇四万四八一四円が原告の逸失利益の金額となる。

(算式)

204万6800(円)×16.8044(ホフマン係数)×67/100(労働能力喪失率)=2304万4814(円)

(七) 後遺障害の慰謝料 金八〇〇万円

本件事故の態様、原告の後遺障害の内容及びその程度並びに原告の家庭の事情等を総合して考慮すれば、前記後遺障害別等級表第六級の保険金額金一〇〇〇万円の八割に相当する金八〇〇万円をもつて、原告の後遺障害に対する慰謝料と認めるべきである。

(八) 弁護士費用 金二五〇万円

本件事案の内容を考慮すれば、右金額を弁護士費用と認めるべきである。

(九) 以上損害額合計は金四二七八万八七四四円となる。

5  損害の填補 金一二四七万三九一六円

原告は、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から金六七二万円、被告から金五七五万三九一六円の合計金一二四七万三九一六円の支払を受けた。

よつて、原告は被告に対し、損害賠償金残金三〇三一万四八五八円及びうち弁護士費用を除いた金二七八一万四八五八円に対する不法行為の後である昭和五六年二月二七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3のうち、入通院日数及び症状固定の時期は認め、その余は知らない。

3  同4のうち(一)は認めるが、(二)ないし(九)はいずれも争う。

4  同5は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3について

原告は本件事故による傷害によつて原告主張のとおり入通院治療を受け症状固定したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実、成立に争いのない甲第四号証ないし第九号証、証人松永茂樹の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により腰椎圧迫骨折及び臀部打撲の傷害を負つたが、松永病院における入通院治療により症状固定となつた後においても、右腰椎骨折の後遺症として腰痛が残つたうえ、腰椎の運動機能が前後屈、左右屈、左右回旋の各運動において正常人の運動範囲のほぼ二分の一に低下したこと、左下肢の膝蓋腱及びアキレス腱の反射反応がやや異常であるなどの神経障害が残つていること、右後遺症はほぼ永続的なものであつて治癒の見込みはないことが認められ、これに反する証拠はない。

三  損害について

1  請求原因4(一)の治療費の支出については、当事者間に争いがない。

2  原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一二号証ないし第一七号証の各一、二によれば、原告は昭和五六年二月二六日から同年四月二六日までの間前記傷害により前記松永病院に入院治療中家政婦の付添看護を受け、看護料及び紹介手数料として金三三万七三一六円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  経験則上、原告は前記傷害により前記松永病院入院期間中入院雑費として一日当り金五〇〇円合計金一三万五〇〇〇円を下らない金員を支出したと認めるのが相当である。

4  治療期間中の休業損害について

原告本人尋問の結果、これによつて真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、成立に争いのない甲第一一号証によれば、原告は昭和四九年三月ころから本件事故当時まで仏壇の製造を目的とする協同組合「弥勒」に勤務し仏壇組立ての労務に従事していたが、同組合から昭和五五年の給与として総額金一四四万九七一二円の支給を受けたこと、被告は本件事故当時高等学校二年生の長男采正人(昭和三八年九月一一日生)との二人暮らしの生活をし、その家事労働にも従事していたところ、被告の入院期間中被告は他に家事手伝を依頼することはしなかつたが、右采正人は外食の生活を強いられ、洗濯などの家事を自ら行つていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

案ずるに、家庭の主婦が家事に従事しながら他に職を得て働いている場合には、家事に従事していない婦人労働者に比較して時間等で制約を受けその給与も低いことが容易に推察されるから、その休業損害算定にあたつては給与損のほか主婦としての損害も認めるべきである。そして、家事労働の経済的評価は、家族構成、家族の稼働状況、本人の勤務先の職種、給与額などを総合的に考慮してなされるべきであるところ、これを本件についてみれば、右認定の事実に照らすと、原告の家事労働は、月額金三万円(一日当り金一〇〇〇円)と評価するのが相当である。また、原告本人尋問の結果によれば、原告は前記傷害により、本件事故発生の日である昭和五六年二月二六日から症状固定日とされた昭和五七年三月二五日まで前記弥勒への勤務を休むことを余儀なくされたこと、そして、右の入院期間中は家事労働についても従事不可能な状態にあつたが、退院後は原告が家事を行つていたことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、原告は、金一八三万〇九二二円の休業損害を被むつたと言うことができる(一円未満切捨て)。

(算式)

144万9712×393/365+1000×270=183万0922

5  治療期間中の慰謝料

原告が本件事故によつて受けた傷害、入通院治療日数及びこれの家庭への影響は前示二、三の3に認定のとおりであり、証人松永茂樹及び原告本人尋問の結果によれば、原告は腰椎骨折治療のため入院から約一か月余りの間起居不能の状態を強いられたことが認められ、これに反する証拠はない。

右の事実に照らせば、右治療期間中の慰謝料は金二〇〇万円が相当である。

6  後遺障害による逸失利益

原告の本件事故によつて受けた傷害及びこれによる後遺症は前示二に認定したとおりであるが、右事実によれば、原告は右後遺障害によつて、四五パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五七年三月二六日から再び前記弥勒に勤務し始めたが右後遺障害のため月に四、五日から一週間程度休まざるをえず、通院等のため早退することも多く、給与は月額金六万円前後となつており、本件事故前の給与額より絶対額で約一万円減給となつているうえ、他の従業員に比して昇給の点で不利益を受けていること、原告は右のとおり前記弥勒への勤務を継続しているが、これは原告が生計維持のため常時腰部にコルセツトを装着したまま腰痛を耐えながら稼働しているものであることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定にかかる事情を考慮すると、原告は本件事故後においても右認定の収入を得ているが、これは原告の特別の努力によるものと考えられるから、原告は被告に対し、前記弥勒からの給与所得分につき前記労働能力喪失割合の限度で後遺障害による逸失利益として損害の賠償を請求できると認めるのが相当である。但し、前記家事労働分についてはその労働の性質上後遺障害による逸失利益とみるべきものがあるとは言えない。

原告の後遺障害の症状固定時からの就労可能年数は二七年間と認められ、右後遺障害は治癒の見込みがないことは前示のとおりであるから、右説示に従い、原告の後遺障害による逸失利益を新ホフマン式計算方法によつて算出すると、金一〇九六万二六九三円となる(一円未満切捨て)。

(算式)

144万9712×16.8044×45/100=1096万2693

7  後遺障害の慰謝料

前認定にかかる原告の後遺障害の内容及び程度、これによる生活上の支障などに鑑みれば、右後遺傷害に対する慰謝料は金六〇〇万円と認めるのが相当である。

8  弁護士費用

原告が原告訴訟代理人に対し本件訴訟の提起、追行を委任しその対価として相当額の報酬の支払を約していることは弁論の全趣旨により明らかであるが、本件事案の難易、審理の経過及び認容額などを総合的に考慮すると、原告が本件事故と相当因果関係を有するものとして被告に請求しうる弁護士費用の額は金一三〇万円と認めるのが相当である。

四  請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

五  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し損害賠償金残金一四一二万八八一五円及びうち損害として認容された弁護士費用額を控除した金一二八二万八八一五円に対する不法行為の後である昭和五六年二月二七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 能勢顯男)

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